2022年9月6日火曜日

サバティカル開始

 9月1日から、カリフォルニア大学バークリー校英文科にフルブライト研究員として滞在しています。メルヴィル研究で著名なサミュエル・オッター先生にホストになっていただき、これから1年間バークリーで研究に取り組むことになります。

この1年間での目標は、まずは目下執筆中のメルヴィル本(日本語)を書き上げることです。フルブライトに提出した研究計画書ではそのことをメインに書きました。

もう一つ、並行して行いたいのは、英語論文の書き方を改造することです。これは英語の文章の書き方を変えるとかいう小さな話ではなく、論じ方そのものを変えることで、より採用難度の高いジャーナルへのアクセプトを目指す、ということです。

これまで私は一つの論文につき、一つの作品を精読するという作品論をメインに書いてきましたが、今後はより射程の広い議論ができるようになりたいです。結果が出るまで2、3年、もしくはそれ以上かかるかもしれませんが、結果を焦らずに取り組みたいと思います。日本語にしろ英語にしろ、結果が出るまで新作論文はあと数年は出さないつもりです。

毎年のように査読論文を書いてきましたが、自分でも論文の書き方がパターン化されているのがわかっており、このまま同じペースで書き続けても成長しないなと思いました。論文をコンスタントに出していないと不安に駆られてしまうのですが、ここは我慢のしどころと思って頑張ります。

2022年7月14日木曜日

Typee論が出版されました

アメリカ学会発行のThe Japanese Journal of American Studies最新号に、私のTypee論が掲載されています。

書誌情報は以下の通りです:

Furui, Yoshiaki. "Through an 'Impenetrable Thicket': Penetrating Depth and Alterity in Melville's Typee." The Japanese Journal of American Studies, no, 33, 2022, pp. 133-50. 

本論は、私が現在取り組んでいるメルヴィル単著企画の一部で、メルヴィルの他者表象についての論文です。エイハブの原型がTypeeの主人公トンモに見い出せる、という議論をしています。よく議論されているトンモの性的不全に関しても、性的不全ではなくて、意図的に性的関係を結ぼうとしていない、という仮説を提示しています。私にしては思い切った仮説を提示したのですが、どう受け取られるでしょうか。

日本の査読誌に投稿したのは学生時代以来で、すごく久しぶりです。アメリカ学会には一度も論文を掲載したことがありませんでした。ひと通り日本の雑誌には掲載してもらったので、今後は投稿することはないと思います。これからはまた海外の査読誌を目指すことになるでしょう。

今回の論文で、メルヴィルに関する論文はひと通り出版されたことになります。あとはすべてを日本語に直し、単著にまとめていきたいと思います。

また、これで論文発表はひと段落したこともあり(まだアクセプトされていない論文も残っているのですが)、これから2、3年は新しい論文を発表しない気持ちで、より高いレベルの論文を時間をかけて書きたいと思います。

2022年7月6日水曜日

ドイツで開催される国際ワークショップに参加します


今月18日、19日にドイツのベルリン(ベルリン自由大学)で開催される国際ワークショップに参加してきます。

"Literature's Loneliness: A Comparative Perspective"というタイトルのワークショップで、文学と孤独の関係に関心がある研究者たちが集い、自分の研究について発表をし、それに基づいて議論をする、という内容になっています。私は、以前刊行したメルヴィルの『白鯨』論について発表してきます。

参加者はドイツ、アメリカの研究者が主ですが、そこに1人だけアジア人として参加してきます。研究対象はイギリス文学、ドイツ文学、そして私のようにアメリカ文学とそれぞれです。

孤独について研究している人は自分くらいなんじゃないか、と思っていたところ、世界は広いもので、あちこちにいるようです。まさかドイツでメルヴィルについて話す日が来るとは夢にも思いませんでした。今回お声がかかったのは、私がアメリカで出版したModernizing Solitudeを主催者の方が読んでくれたことがきっかけでした。やはり、英語で研究発信するということは、英語圏だけではなく、英語を使う広範な研究者たちにリーチするのだな、と嬉しくなりました。日頃はいったい誰に読まれているのだろう、と不安になるのですが。

今後の研究に繋がるいい意見交換ができれば、と期待しています。



2022年6月25日土曜日

国際メルヴィル学会で発表します

来週、6月28日にパリで開かれる国際メルヴィル学会で発表をしてきます。といっても私はパリには行かず、日本からのオンライン参加となります。

発表内容は、先日刊行されたIsrael Potter論に基づいたものになります。私が参加するパネルは以下の通りです:

27. Affective Ecologies (Chair: Xine Yao) [SG 0011]

James Emmett Ryan, “Ecologies of Affection: Denis de Rougemont’s Love in the Western World and Melville’s Pierre”

Yoshiaki Furui, “Transnational Intimacy in Israel Potter” [ZOOM]

Ralph Savarese, “‘The Apple-Tree Table’ and Auditory Hallucinations”

Pilar Martínez Benedí, “‘NO TRUST’: Delusional Misidentification Syndromes and The Confidence-Man”

今月はこちらの学会発表、来月はドイツはベルリンでの国際ワークショップに参加と、忙しくなりそうです。ベルリンの方は現地に行きます(詳細はまた後日こちらのブログに書きます)。

2022年6月18日土曜日

Israel Potter論が出版されました

メルヴィルのIsarel Potterについて論じた論文が、テキサス大学出版局発行のTexas Studies in Literature and Language誌に掲載されました。Project Museからダウンロード可能です:https://muse.jhu.edu/article/857553。アクセスできないという方は、メールをいただければファイルをお送りいたします。

要旨は以下の通りです:

ABSTRACT

This essay reads Herman Melville's Israel Potter by attending to the eponymous character's feeling of loneliness as an exile, which compels an examination of the relationship between individual and community. Building on Jean-Luc Nancy's concept of "inoperative community," which emerges between the dead and the living, I argue that the community proposed in Israel Potter is informed by the belatedness that escapes containment by a political institution.

Israel Potterは非常に思い入れのある小説で、いつか論じてみたいと思っていました。最初に読んだのは修士課程の一年生だったと記憶していますが、その時に主人公イズラエルのlonelinessに心打たれたのを覚えています。ただ、そういう個人的印象をどう論じればいいのか、昔はまったく分かりませんでした。今この作品を読んでもlonelinessに心打たれて感動するのは一緒で、要するに、読んで受ける個人的な印象や感動は変わらず(感性が変わっておらず)、それを言語化したり、論にする技術や知識が身についたということなんだと思います。

今月末にパリで国際メルヴィル学会があり、この論文に基づいた内容で発表を行う予定です(ただしリモート参加)。

2022年5月31日火曜日

アメリカ学会年次大会のお知らせ

 今週末の6月4日、5日に、中央大学にてアメリカ学会が開催されます。

私は大会企画委員というものを務めており、5日に開催される部会(他学会でいうシンポジウム)の企画をしました。タイトルは「文学と歴史が交わるところ:学際性をめぐる対話」というものです。詳細は以下の通りです:

【 部会C 文学と歴史が交わるところ―学際性をめぐる対話 】 F 号館 F602、13:30-16:15

司会: 佐久間みかよ (学習院女子大学)

報告者:

白川恵子 (同志社大学)

「ナット・ターナーの場合――歴史記述と文学表象との「厄介な」不/可分性」

竹谷悦子 (筑波大学)

「「日本を閉ざす鉄のカーテン」――航空アーカイヴとアメリカ文学史の交錯」

討論者

久野愛 (東京大学)

丸山雄生 (東海大学)

私自身が歴史学の知見に頼りながら文学研究を行ってきたこともあり、この部会を企画しました。新歴史主義以降、文学研究者の多くは無自覚に歴史学の研究を活用してきた、あるいはディシプリンの境目を跨いできたのではないでしょうか。逆もまた然りで、歴史学の文献を読んでいると、事例として文学作品が扱われているのをよく目にします。

両者の境界が良くも悪くも軽々と越境されるようになった現在、あえてここで立ち止まり、文学研究と歴史学、それぞれの専門性を認識した上で、互いに対話することが重要に思います。これまで、両領域の研究者同士が対話する機会はなかったように思えるからです。

今年の年次大会は久しぶりに対面開催となります(一部はウェビナーでも配信)。ご興味のある方はぜひお越しください。

2022年3月31日木曜日

Billy Budd論が出版されました

 Oxford University Press発行のLiterary Imagination誌最新号に、私のBilly Budd論が掲載されました:https://doi.org/10.1093/litimag/imac008。書誌情報は以下の通りです。

Furui, Yoshiaki. "Hitting Billy: Mediated Interiority in Billy Budd." Literary Imagination, vol. 24, no. 1, pp. 25-37. 

ここ数年、他者の内面をメルヴィルが言語を通じてどう表象しようとしたのかというテーマで論文を書き続けているのですが、本論もその問題意識のもとに書かれたものです。

論文にアクセスできない方には個人的にファイルを差し上げるので、興味がある方はメールをいただければと思います。

『ピェール』論集が刊行されます

論集 『メルヴィルの黙示――『ピェール』を中核として』(小鳥遊書房)の見本が届きました。 メルヴィルの奇書『ピェール』だけを論じた論集で、これ自体が奇書と言えそうです(両方ともいい意味で言っています)。収められた論文はなんと22本。出版社による情報はこちらから: https://...