2026年9月10日木曜日

『ピェール』論集が刊行されます

論集 『メルヴィルの黙示――『ピェール』を中核として』(小鳥遊書房)の見本が届きました。


メルヴィルの奇書『ピェール』だけを論じた論集で、これ自体が奇書と言えそうです(両方ともいい意味で言っています)。収められた論文はなんと22本。出版社による情報はこちらから:https://www.tkns-shobou.co.jp/books/view/821

メルヴィル作品のなかで『ピェール』が一番好きかもしれません。そういうメルヴィル研究者はけっこう多いような気がします。特に20代くらいの時は、若い主人公ピエールが筆で生活を成り立たせようと奮闘する姿に自分を重ね合わせていました。結局、ピエールは破滅してしまうので、自分も破滅するのか・・・という絶望も感じていたのですが。

私は以下の論文を寄稿しています。

古井義昭「アサイラム、あるいはアナクロニズム――『ピェール』における他者の居場所」(pp. 211-28)

今週末のメルヴィル学会でこの論文に関して解説を行うのですが、そのトーク用に作ったレジュメに要約を載せるつもりで、その要約を以下にも貼り付けておきます。

要約

 本論は「人類のアサイラム(避難所)」というアメリカの理念を念頭に、『ピェール』を移民小説として読む試みである。

 アメリカは迫害された者(主に移民)の避難所という建国理念を掲げる一方で、建国当初から現在に至るまで移民排除を続けてきた。本論で特に強調するのは、十九世紀中葉に「アサイラム」の概念が、移民の大量流入にあわせて「避難所」としての性格を強める同時に、精神病院や刑務所などの「公的収容施設」を意味するようになった点である。つまり、同じ概念に他者の包摂と排除が含意されることになった。

 作中で主人公ピエールは、建国期の父祖の理念を時代錯誤的に反復し、社会の周縁に追いやられたイザベル、デリーら移民とおぼしき人物たちに私的な避難所を提供しようと試みる。しかし都市の排外主義や貧困の中でアサイラムを構築することに失敗し、最終的に刑務所という収容施設/アサイラムで死を迎える。

 メルヴィルは『白鯨』『ピェール』「バートルビー」という一連の作品を通じ、「アサイラムとしてのアメリカ」という理念の破壊を繰り返し描いている。しかし、存在しないものは破壊しえない。メルヴィルは繰り返し理念の破壊を描くことで、他者を包摂するアサイラムという理想を確認しつつ、その成就への微かな希望を記していると結論する。

いずれ出すつもりの「アサイラム」をめぐる英文単著に、本論も収めたいと思っています。

ご興味があれば本書をお手に取ってみてください。

2026年9月7日月曜日

今週末の日本メルヴィル学会に登壇します

今週末の9月13日(日)に、龍谷大学にて第13回日本メルヴィル学会年次大会が開催されます:https://www.melville-japan.org/

私は急遽、以下の「トークセッション:学会設立10周年記念論集をめぐって--メルヴィル研究の未来」に登壇することになりました。


「記念論集」というのは、近刊の『ピエール』についての論集のことです。出版社の情報はこちらから:https://www.tkns-shobou.co.jp/books/view/821

私は10分から15分くらいで、この論集に寄せた自分の論文についての要約や解説を簡単に行う予定です。

私は「アサイラム、あるいはアナクロニズム--『ピェール』における他者の居場所」という論文を書きました。この論文は、ここ数年取り組んでいる「アサイラム」に関する単著プロジェクトの一環です。

ご興味があればいらしてください。



2026年7月29日水曜日

『まったく新しいテクスト分析の教科書』

阿部幸大さんの新著『まったく新しいテクスト分析の教科書』が出版されました。

すっかり阿部さんは売れっ子で、いまさら私などが紹介するまでもないのですが、このブログはおそらく文学研究に興味ある学生の方も読んでいるのではないかと思い、そういった方向けにおすすめしたいので、以下紹介してみたいと思います。

本書はご献本していただいて、手に取った当日に読んで、ご本人にも感想を送ったのですが、まったく同じようなことをここにも書こうと思います。

まず、本書は前著『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(以下AW本)と同じシリーズなわけですが、読む順番としては今回出た『テクスト分析』(TA本)を最初に読み、それからAW本に進むことをお勧めします。

AW本が「自分が持っているアイディアをいかに説得的かつ魅力的にプレゼンするか」という指南書だったとすれば、TA本は「自分が言いたいことを見つけるにはどうしたらいいか」という指南書です。もちろん、論文を書く場合の手順としては後者が先に来ます。論文とは、1)まず何を論じたいかを自分の中で見つけ(TA本)→2)そのアイディアを魅力的かつ説得的な形で表現する(AW本)、という行程を踏むものです。

AW本は、私からすると九万部も売れたのが不思議なくらい実は高度な本です。以前もこのブログで書きましたが、第一章「アーギュメントをつくる」は専門家の私でも苦労するプロセスを説明しており、研究者向けの高度な話からあの本は始まっています。

いっぽう、今回のTA本は私などの研究者が日頃、無意識に行なっている作業をきわめてわかりやすく分析・解説しており、「そうか、自分はこういうことをやっていたのか」と納得しながら読みました。本書に文学の話は出てきませんが、説明されている内容は文学を対象にした分析にもそのまま当てはまるので、文学研究者志望の方で、どうやって論文のアイディアを固めればいいかがわからない方は、ぜひ参考にするといいでしょう。

あと、「批評」という言葉を使わないのもいいと思いました。代わりに「テクスト分析」という、手垢のついていないニュートラルな言葉が使われています。私などは「批評」と聞くと、目の肥えた博学な人たちが、自分なりの評価軸で何らかの対象を吟味し、自分の評価と他人の評価を戦わせる、というマッチョなイメージを思い浮かべてしまいます。ところが阿部さんはあえてその言葉を使わないことで、「方法論さえわかっていれば誰でもテクスト分析に参加できますよ」と伝えているのだと思います。

AW本でもそうでしたが、阿部さんは研究や「批評」を、「センス」というエリート主義的で排他的な、でもきわめてぼんやりした価値観から切り離しています。そもそも「センスがある人」ってどういう人なんでしょう? もし「あなたセンスないね」と誰かに言われたら、絶望こそすれ、その意味がわからないので改善しようがありません。また、「センスあるね」と言われても、嬉しいかもしれませんが、自分のどこがいいのか理解するのが難しいはずです。

本書のある箇所で阿部さんは「感度」という言葉を使っていますが、本来はそこは「センス」という言葉が使われるはずのところ、あえて「感度」と言い換えているのではないかと推測しました。「センス」は学べなそうな響きがあり、もともとセンスがある人だけに与えられる称号のような気がしますが、「感度」は方法論さえわかっていれば鍛えられるし、身につけられる、と阿部さんは言いたいはずです。

AW本に続き、TA本もまた、論文を書く行為の民主化である、と思いました。選ばれしセンスある人の高邁な営為ではなく、誰もが参加可能な一種の「ゲーム」と割り切ること。方法論ありきの考えに反発する人もいるかもしれませんが、私はこういう考え方に賛同します。

この本を読みながら、私が院生時代、研究とは「センス」がよくて「頭がいい」人たちのみに許された特別な行為で、凡人の自分にはとても無理だと思って、研究を何度も諦めようとしたことを思い出しました。その時に、こういう本があれば救われたような気持ちになったでしょう。そして、私と似たような苦労をしている人がいるなら、阿部さんの本を手に取ってみてください。ただし順番にはお気をつけて。TA本を読んでからAW本を読む、というのがお勧めです。

2026年7月13日月曜日

福嶋亮大さんとの対談がオンライン公開されました

先日、昨年10月に行った福嶋亮大さんとの対談が活字化されたことを報告しましたが、こちらがさっそくオンラインでも公開されました:https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/records/2002798。一定期間を経ないと公開されないと思っていたのですが、印刷と同時にオンライン公開だったようです。

ご興味がある方はぜひお読みください。

2026年7月7日火曜日

福嶋亮大さんとの対談が活字化されました

昨年10月に、立教大学アメリカ研究所主催で「メルヴィル・アメリカ・世界文学」と題して福嶋亮大さんと対談を行いました。その際の対談が、同研究所の機関誌である『立教アメリカン・スタディーズ』で活字化されました。

書誌情報としては以下の通り:

古井義昭・福嶋亮大「メルヴィル・アメリカ・世界文学」『立教アメリカン・スタディーズ』第48号、2026年、pp. 103-46。

質疑応答を含め、二人が話したことをすべて掲載してもらい、なんと40ページ越えの大容量です。メルヴィルに関する福嶋さんの鋭いコメントをたくさん読めるので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

私個人としては、福嶋さんからメルヴィルについて新鮮な視点を学べたことはもちろん、この対談がきっかけで新たに決まりそうな仕事もあったりして、とてもいい経験となりました。企画していただいたアメリカ研究所所長の舌津智之先生に感謝です。

一定期間が経つとリポジトリに登録されてオンラインで読めるようになるはずですが、もし読みたい方がいれば私までご連絡ください。





2026年6月29日月曜日

エミリィ・ディキンスン学会のシンポに登壇します

先週末にメルヴィル『戦争詩集』をめぐるシンポに登壇したばかりですが(来ていただいた方々、ありがとうございました)、今週末はディキンソンの詩についてのシンポに登壇します。

詳細はエミリィ・ディキンスン学会のHPから:https://emilydsjp.blogspot.com。該当箇所を抜粋すると以下の通り:

II. シンポジアム (14:20~16:20)

「“This Chasm, Sweet, upon my life” (F 1061 / J 858)を読む」

         司会・講師     東京理科大学     金澤淳子

            講師     立教大学         古井義昭

            講師     慶應義塾大学  小泉由美子

"This Chasm, Sweet"という非常にマイナーなディキンソンの詩一つを、3名の登壇者各自の視点からじっくりと論じるシンポです。先行研究もほぼ存在しないような詩なので、登壇者各自の読み方が問われるようなシンポになると思います。詩のテクストはこちらから:https://allpoetry.com/This-Chasm,-Sweet,-upon-my-life

ディキンソンについては、最初の単著で一章を割いて論じたほか、昨年出した共著でも論じたことがありますが、今回のように専門家の前で話すのは初めてで、かなり緊張します。

これで今年4回目の学会発表、一ヶ月のうちに3回目の学会発表となり、もうさすがにヘロヘロですが、いい発表ができるようもう一息頑張ります。興味がある方はいらしてください。



2026年6月26日金曜日

明日の東京支部シンポはオンライン

明日、アメリカ文学会東京支部で開催予定のBattle-Piecesをめぐるシンポですが、台風の影響で対面ではなくオンライン開催となりました。

ZoomのURL等、詳細は以下の学会HPをご覧ください:https://www.tokyo-als.org/2026/06/news-11/


『ピェール』論集が刊行されます

論集 『メルヴィルの黙示――『ピェール』を中核として』(小鳥遊書房)の見本が届きました。 メルヴィルの奇書『ピェール』だけを論じた論集で、これ自体が奇書と言えそうです(両方ともいい意味で言っています)。収められた論文はなんと22本。出版社による情報はこちらから: https://...