2026年5月23日土曜日

アメリカ学会のシンポジウムに登壇します

6月6日(土)から7日(日)にかけて、東京学芸大学にてアメリカ学会年次大会が開催されます。

今年度はアメリカ学会創設60周年ということで、大会初日の6日に、60周年を記念したシンポに登壇します。

シンポは"The Future of American Studies under the Second Trump Administration"というテーマで、私は、アメリカに対する心理的な壁が作られている状況だからこそ、なおさら海外発信の意義が増している、という内容を話す予定です。他の登壇者は梅川健先生、三牧聖子先生のお二方で、本シンポは英語で行われます。

詳細は以下のとおり:


非会員の方も当日は千円の参加費を払えば参加できるとのこと。他にも面白そうな発表や企画があるので(7日午前には斎木郁乃先生による『白鯨』のご発表あり)、ご興味があればご参加ください。

6月6日のこのシンポを皮切りに、7月4日までの一ヶ月の間に三つのシンポに登壇する予定です。6月下旬にはメルヴィル『戦争詩集』に関して、7月頭はディキンソンのマイナーな詩作品について発表予定。ちょっと予定が詰まりすぎなのですが、なんとかいい発表ができるように頑張ります。この後に続くシンポについても追って報告します。

2026年5月16日土曜日

American Literatureに論文がアクセプトされました

ナサニエル・ホーソーン『緋文字』に関する論文が、American Literatureにアクセプトされました。書誌情報は以下の通りで、来年中ごろまでには出版予定です:

Furui, Yoshiaki. "Somewhere Else in America: Hawthorne's Asylum Imagination." American Literature, vol. 99, no. 2, 2027, forthcoming. 

この論文は、現在取り組んでいるアサライムに関しての単著プロジェクトの一環で、『緋文字』を移民文学として読む試みです。移民を受け入れる「アサイラムとしてのアメリカ」という神話をホーソーンが一方では批判しながらも、結果的にその神話の構築に貢献してしまっていることを論じたものです。

私のプロジェクトでは「移民の避難所」としてのアサイラムと、19世紀中葉に勃興した「公的収容施設」としてのアサイラムのダブル・ミーニングに注目していますが、本論でもイギリスからの移民たるへスターが、アサイラムの地であるはずのボストンで、刑務所という違う意味のアサイラムに収容されて登場する点を考察しています。

これまで海外誌には10回以上論文掲載をしてきましたが、American Literatureのような分野を代表するトップジャーナルへの掲載は一度もできていませんでした。トップジャーナルへの論文掲載は、サバティカル中の2023年ころ、バークレーで日本語単著を書き上げているときに今後の目標と定め、そこに向けて自己改造(作品論からの脱却)を行ってきました。3年越しの努力が報われたことになり、非常に感慨深いです。

実は以前、サバティカル中に書き上げた渾身の論文をAmerican Literatureに投稿したのですが、もろくもデスクリジェクションを喰らいました(その論文はお蔵入り状態)。つまり、査読にすら回してもらえず、エディターが読んだ段階でハネられたということです。そこで一回、方法論的に自分にはトップジャーナルは無理かもしれないと諦めかけたのですが、やはりアメリカ文学研究者として同誌に論文を載せたいという思いが強く、今回が二度目のチャレンジとなりました。

今回のアクセプトは正直言って意外でした。複数の作家を並べて論じることがほぼスタンダードとなっている同誌で、ホーソーンというキャノン作家、さらには一番有名な『緋文字』を扱う論文は取り合ってもらえないのではないかと思っていたからです。「移民」という着眼点の新規性、さらには移民をめぐるアメリカの情勢もあって、トピック設定がタイムリーだったのかもしれません。

とはいえ、自分のこれまでの論文(作品論に特化したもの)と今回の論文がどう違うのかについては、明確に自己分析できており、それはいずれ何かのタイミングでお話しする機会があればと思いますし、このブログでもおいおい書いていきたいと思います。

一つ確かに言えるのは、トップジャーナルだから「すばらしい論文」を自動的に保証するのではなく、中堅誌とはあくまで狙っている読者層や「すばらしさ」の定義がそもそも違うということです。査読の厳しさと難易度でいったら、メルヴィル専門誌Leviathan以上の雑誌はないと今でも思います。これまで12回海外誌に論文を出してきて、Leviathanほど査読が厳密な雑誌はありませんでした。たとえばホーソーン研究者が今回の論文を読んだら、専門的にはいろいろと文句もつけたくなる内容かもしれませんが、そもそもがそういう論文ではないし、そういう媒体ではないということです。

参考までに、アクセプトに至るタイムラインを記しておきます(私は論文を書き始めた日付などをすべて記録しており、以下は簡略版)。

2025年2月:論文書き始め

2025年8月:論文投稿

2026年2月:Revise and Resubmitの知らせ

2026年3月:改稿原稿を提出

2026年5月:アクセプト!

R&Rの知らせを受けた際、一ヶ月以内に改稿原稿を送るようにと指示されましたが、そのような短期間で改稿を求められるのは、これまでの経験でもかなり珍しいことでした。minor revisionのときくらいです。査読レポートも、2名の査読者ともかなりポジティヴな内容で、「これはいける」という感触があり、実質的に改稿は3日くらいで終えることができました。今考えると、minor revisionの範疇だったのかもしれません。とはいえ、正式にアクセプトの知らせを受けるまでは気が気ではなかったです。

今回のアクセプトで、40代に入ってからもまだまだ成長できるということがわかって嬉しいですし、トップジャーナルに載るためのロジックというか方法論もわかったところがあるので、今後も海外誌へのチャレンジを続けていきます。

今回の論文は、執筆中の単著の核となるアイディアを詰め込んだ論文ですので、これを弾みにして単著出版に向けて研究を続けていきます。あと5年以内くらいには出せれば、と思って引き続き頑張ります。

アメリカ学会のシンポジウムに登壇します

6月6日(土)から7日(日)にかけて、東京学芸大学にて アメリカ学会年次大会 が開催されます。 今年度はアメリカ学会創設60周年ということで、大会初日の6日に、60周年を記念したシンポに登壇します。 シンポは"The Future of American Studies...