2025年6月3日火曜日

中原伸之賞を受賞しました

このたび、拙著『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』(法政大学出版局、2024年)に対して、アメリカ学会より第6回中原伸之賞が授与されましました。つい先日、5月31日に北海道大学で開催されたアメリカ学会大会にて、授賞式に参加してきたところです:https://www.jaas.gr.jp/archives/2332。

中原伸之賞とはどのような賞かというと、学会による説明を引くと以下の通りです:「この賞は、本学会員の第2作以降の単著(年齢制限なし)ないしは本学会員の最初の単著(この場合のみ出版時50歳以上であること)のなかから、日本、アメリカ、あるいは世界のアメリカ研究の水準を高めることに貢献できる、深い知見と新しい視座を提供する特に優れた研究書に、賞状と賞金5万円を贈るものです。」(https://www.jaas.gr.jp/nakahara-prize-html.html)

まずは、審査をご担当いただいた委員の先生方、そして(どなたか分かりませんが)外部査読を行ってくださった先生方に深く御礼申し上げます。一冊の本を読んで評価を下すというのは非常に大きな労力がかかる作業であり、労を割いてくださったご献身に頭が下がる思いです。ありがとうございました。

また、本書は元来、狭義のメルヴィル研究という専門の枠の外へメルヴィル作品を開くために書いた本です。アメリカ文学研究書を出版したことがない法政大学出版局から出版したこともその狙いの一環でした。内容に関しても、隣接した分野の知見を取り入れた学際的なアプローチになっており、まさに分野横断的な学術組織であるアメリカ学会にこのたび顕彰いただいたというのは、専門外の方に私の仕事を認めていただいた、ということかと思います。その意味で、当初の私の目的が達成されたように感じており、非常に嬉しいです。

大学のHPにも情報がアップされました。こちらでも受賞のコメントを寄せています:https://www.rikkyo.ac.jp/news/2025/06/mknpps0000038b6x.html。

これを機に、さらに多くの読者に本書を手に取っていただき、メルヴィル文学の面白さを伝えられればと願っています。

阿部幸大さんの選書フェア

新著『被害学のナラティブ』が話題の阿部幸大さんですが、東大本郷の書籍部で、「文章が上手くなるための本らしからぬ、文章が上手くなるための20冊」という阿部さんによる選書フェアが開催中です:https://x.com/toudaihbookcoop/status/1929752977281331452。

この選書20冊のうち、拙著『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』を取り上げてくださっています。以下のような推薦文をおよせいただきました。

ここに阿部さんが書いてらっしゃるとおり、阿部さんや私のような研究者を「過去のものにする」若い方々がこれから現れてこそ、人文学業界の発展といえると思います。

早いもので、拙著の刊行から一年以上が経ちました。もっと多くの読者に恵まれることを願っています。阿部さん、ご紹介をありがとうございました。

2025年5月29日木曜日

共著が出版されます

5/30に出版予定の共著が手元に届きました。髙尾直知・伊藤詔子・辻祥子・野崎直之編著『病と障害のアメリカンルネサンス:疫病、ディサビリティ、レジリエンス』(小鳥遊書房、2025年)という本です。出版社の情報はこちらから:https://www.tkns-shobou.co.jp/books/view/705。

私は第8章「痛みをまなざす:ディキンソンの脱制度的想像力」(pp. 171-94)という論文を寄稿しています。エミリー・ディキンソンの詩における「痛み」を、近年注目が集まっている医療人文学(medical humanities)という批評的潮流のなかに位置付けながら論じました。ディキンソンについて論じるのは、最初の単著Modernizing Solitude (2019)で論じて以来、かなり久しぶりでした。論の出来は読者に判断してもらうしかないですが、楽しく書くことができました。

ご興味のある方はぜひ手に取っていただければと思います。


2025年5月20日火曜日

『誘惑する他者』書評

アメリカ学会発行の『会報』第217号の新刊紹介欄にて、『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』が取り上げられました(p. 16)。評者は鈴木一生先生です。オンラインでも公開されています:https://www.jaas.gr.jp/wp23/wp-content/uploads/2025/05/%E4%BC%9A%E5%A0%B1217.pdf。

短い書評ではありますが、限られた紙幅の中で、本書で私が強調したかったポイントを掬い上げてくださいました。「倫理の一般性を振りかざすのではなく、あくまで作品側から抽出される倫理の個別性や流動性にこだわる古井氏の姿勢は、多くの文学研究者を勇気づけてくれる」と書いてくださいましたが、この評に私自身が勇気づけられました。

一般論を導くのではなく、あくまで作品読解を通じて個別具体性を提示することが文学研究者の仕事であると再認識した次第です。ありがとうございました。




2025年5月15日木曜日

『誘惑する他者』書評

東京大学アメリカ太平洋地域研究センター発行の 『アメリカ太平洋研究』第25号にて、吉国浩哉先生に『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』を書評していただきました。「21世紀の「文学の終わり」というタイトルの書評です(pp. 133-40)。

アメリカ文学をご専門にされながら、思想・哲学にも知悉している吉国先生らしく、柄谷行人、ルカーチ、近年のポストクリティークなどを参照しながら拙著をcriticalにマッピングしていただきました。濃密な書評です。理論に弱い自分には、理論的見地から大局的に自分の議論を俯瞰することができないので、拝読して非常に勉強になりました。学会以外の媒体で紹介されるとは思っていなかったので、取り上げてくださったことは嬉しい驚きでした。ありがとうございます。

2025年4月3日木曜日

阿部幸大さんの新著に推薦文を寄せました

阿部幸大さんの新著『ナラティヴの被害学』(文学通信)が手元に届きました。画像のとおり、この本に私が推薦文(blurb)を寄せています。


面白いのが、帯を外しても推薦文が表紙にそのまま印刷されていることです。これはアメリカの学術書を意識したもので、向こうの研究書も通例、表紙にそのまま推薦文が印刷されています。こうしたデザインからも、アメリカ的な文化を日本の出版文化に接合しようとする阿部さんの意図が見えます。

200字という文字制限のため、この本の良さはとてもこの推薦文に書ききれませんでしたが、アメリカ文学研究に関わる人たちには本書をぜひ読んでもらいたいと思います。阿部さんは「もう文学研究はやらない」というようなことを(たしか)X上で言っていた記憶がありますが、そういう発言に惑わされてはいけません。本書はすぐれた文学研究のモデルとなっていますし、私からすれば阿部さんはかなり「文学している」人に思えます。

ここで私が言う「文学している」というのは、文学テスクトを精読する姿勢のみならず、文学を読解する際にある感情的強度をもって特定のテーマに固執している、ということを指します。研究の背景に、ごく私的で個人的な論者の姿が透けて見えるということです。

私は特に、本書の大きなテーマでもある「部外者」に着目しているのがいいなと思いました。阿部さんは、ある事象に当事者として直接的に関わることができず、当事者性から疎外された孤独な個人の存在に光を当てています。周縁化されて批評に等閑視されてきた人物に注ぐまなざしが、本書を単なる知的な議論以上のものにたらしめていると感じました。まあ、こんな感想を抱くのは私くらいかもしれません。

文学研究に携わる人には必読の一冊です。

2025年4月1日火曜日

新作論文が公開されました

ハーマン・メルヴィル『戦争詩集』に関する論文がネット上で公開されました:https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-american-studies/article/ventriloquizing-the-south-reading-melville-across-the-civil-war/E8CAB90FB003B664B125B92E01BED98A。

タイトルは"Ventriloquizing the South: Reading Melville across the Civil War"というもので、Cambridge UP発行のJournal of American Studies誌に掲載されました。2019年に「バートルビー」論を掲載したことがあり、これで同誌に載るのは二度目となります。

内容としては、Cody Marrsが提唱しているtransbellum literatureという概念を参照しながら、メルヴィルという作家のキャリアを、南北戦争を超えて一つの総体として捉えることを目指した論文です。メルヴィルといえば、南北戦争前の小説家メルヴィル、南北戦争後の詩人メルヴィル、という二つのメルヴィル像が構築されてきたわけですが、本論では南北戦争を作家キャリアの断絶と捉えるのではなく、南北戦争を経た上での連続性を前景化しました。

「掲載」といっても、これはネット上での先行公開でしかなく、実際に本掲載されるのはまだ時間がかかるようです。論文がアクセプトされてからここまで十ヶ月もかかっています。投稿してからは実に2年半。この調子だと、生きているあいだに出せる査読論文はあと10本くらいかもしれません。

この論文、本来であれば昨年出版した『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』に収めたかったのですが、まったく時期的に間に合いませんでした。残念。

反省点としては、あくまで人が作った参照枠(この場合はtransbellum literature)を援用して作品を論じているところです。これ自体まったく悪くはないのですが、同じことはこれまでもやってきたので、少しでも参照枠を作る側に回ることができるよう、これから努力したいです。ただ、この論文でも、自分なりにこれまでとは違うことはしているつもりで、複数の作品を扱いながら作家のキャリアを提示する、という射程の広い議論は、一つの作品に絞ったこれまでの作品論ではしてこなかった論じ方です。この論文はサバティカルでの自己改造中に書いたものですが、今も自己改造は道半ばです。作品論という呪縛に悩まされ続けています。

また、このジャーナルのこれまでの論文執筆者を調べると、大体がすでに英語圏でテニュアを得ている研究者で、単著をすでに何冊も出している人も多いです。執筆者に院生が比較的多いジャーナルというのも海外には存在しますが、ジャーナルのレベルが高くなると、寄稿者のレベルも上がります。先日の筑波でのシンポの内容と関わりますが、阿部さんが言うジャーナルの「ランク」を把握するには、寄稿者の属性を調べるというのも一つの有力な判断材料になるでしょう。

論文を読みたいけどアクセスできない、という方がいれば気兼ねなくご連絡ください。


『ピェール』論集が刊行されます

論集 『メルヴィルの黙示――『ピェール』を中核として』(小鳥遊書房)の見本が届きました。 メルヴィルの奇書『ピェール』だけを論じた論集で、これ自体が奇書と言えそうです(両方ともいい意味で言っています)。収められた論文はなんと22本。出版社による情報はこちらから: https://...