2026年3月27日金曜日

国際メルヴィル学会参加記がLeviathanに掲載されました

メルヴィル学会の機関誌Leviathanに、昨年6月にコネチカット大学で開催された国際メルヴィル学会の参加レポートが掲載されました:https://muse.jhu.edu/article/985918

Furui, Yoshiaki. "Melville Studies across the Oceans." Leviathan, vol. 28, no. 1, 2026, pp. 137-41. 

日頃書いている論文とは違う種類の文章なので、少し軽めの英語で書く経験が私にとっては新鮮でした。メルヴィル研究のさらなる国際化の重要性について述べたり、私が学会で感じた雑感などを書いています。

この号には私の他にも複数名による参加レポートが掲載されていますし、Photo Galleryもあって、学会の様子を垣間見ることができます。ご興味があればぜひご覧ください。

そういえば、今号から編集長がBrian Yothers氏からJennifer Greiman氏に交代となったようです。私が初めてLeviathanに論文掲載したのはもう13年くらい前のことで、その頃の編集長はJohn Bryant先生でした(その後がSamuel Otter先生)。その頃はまだ15号とかで、比較的新しいジャーナルという感じでしたが、今や28号。時間の流れを感じます。

2026年3月17日火曜日

C19体験記


C19で学会発表をしてきました。C19は初めての学会参加だったのですが、非常にいい経験ができました。自分にとっての備忘録も兼ねて、少し雑感を記しておきます。

学会会場のHyatt Regency。アメリカの学会は大学でやることもありますが、大きな学会はホテルのフロアを貸し切ってやることもあります。宿泊もここだったので、基本的にはずっとホテルの中にいました。

これまでの発表履歴を振り返ると、私はMLA, ALA, Melville Conference, MELUS等々のアメリカの様々な学会で10回以上発表してきましたが、それぞれの学会に特徴はもちろんあり、なかでもC19は毛色が違うというか、特徴的な何かを感じました。

その「何か」を探ってみると、まずは作家協会の学会(e.g. Melville Conference)でもないし、作家協会の集まり(ALA)でもないし、全てを統合した学会(MLA)でもなく、19世紀アメリカ文学に特化した学会なので、時代区分、作家、作品など、あらゆる面でほどよく幅広く網羅している学会、という感じです。

そのため、私がこれまで何度も参加しているMelville Conferenceでは見かけないような大物研究者もたくさん来ていたし、発表内容も多岐にわたっていました。

あとは、いわゆる「キャノン」からの意識的な距離を感じます。唯一、私が発表したパネルはメルヴィルに特化したものでしたが、メルヴィルは例外的で、他に白人キャノン作家の名前(ホーソーン、ディキンソン、ジェイムズなど)を冠したパネルは一つもありませんでした。学会誌のJ19もそうですが、人種的・ジェンダー的多様性を強く意識した学会であるとは確実に言えるでしょう。以前、論文を投稿した時にもらった査読コメントでもその点を感じたことがあるので、改めてこの学会の特性を把握できた気がします。

逆に言うと、多様性を目指すこのC19にあってもメルヴィルは特別な位置を占めているのだな、ということも認識できました。今後もアメリカ・イギリスのUPからメルヴィルに関する単著がいくつか出るらしいし、たとえば今のアメリカでホーソーンやジェイムズに関する単著が出るというのはあまり想像できない、ということも他のアメリカ人研究者とも話しました。それはメルヴィル作品が政治的なトピックを扱っていることと関係しているのかもしれない、と個人的には思っています。

さらに逆に言うと、なかにはこうした学会に距離を感じる研究者もいるだろうし、そういう人はALAや作家協会の学会に行ったりするのかもしれません。

最終日、最後のパネルも大盛況。


発表のトピックの傾向としては、大きく言うと「環境」に関する発表が多かったです。Plant Studies, New Materialism, Anthropocene等々。これはメルヴィル研究の動向にも言えます。また、シンシナティというアボリショニズムゆかりの場所で開催されたということもあり、Frances E. Harperをはじめとする黒人作家に関する発表が非常に多かったです。あともちろん、ストウに関する発表も。

J19の編集者2名による、論文審査プロセスを教えてくれる講座みたいなものもあり、こちらも参加しました。だいたいが知っている内容でしたが、何度も強調していたのは「研究は対話」である、という点です。一人の編集者が、論文を書くことはパーティでの会話に途中から参加するようなものだ、と言っていて、これはまさに私がいつも学生指導で言っていることなので、膝を打つような思いをしました。我ながら、学問的対話を表現するのにこれ以上に適切な比喩をいまだに思いつきません。

あとは採択率とか、審査に至る詳細なプロセス(査読者を見つけるのが大変)とか、編者サイドの視点の話などをいろいろ聞かせてもらい、J19にいずれ論文を載せたい身としては有益な情報を得ることができました。非常に審査が厳しい雑誌なので、編集者が出版の可能性を見出してくれないとそもそも査読に回らないし、Revise & Resubmitになる(その結果落ちるにしても)のはもっと価値がある証拠、とわかって励まされたところがあります。アメリカの雑誌では、投稿してもそもそも査読にすら回してもらえないdesk rejectionになる、というのはよくあることです。

最後にこれは学会とは直接関係ありませんが、シンシナティという土地に行けたのは非常に良かったです。アボリショニズムの震源地であり、地下鉄道のハブだった場に身を置くだけで、『アンクル・トムの小屋』の世界をよりリアルに感じられた気がします。

学会参加の隙間時間にはHarriet Beecher Stowe Houseに行ってツアーに参加し、


National Underground Railroad Freedom Centerに行って奴隷制にまつわる展示を見学し、


オハイオ河対岸に見えるケンタッキー州を見ながら、イライザ・ハリスの有名な一場面に思いを馳せたりしました。


そういえば肝心の私の発表ですが、「バートルビー移民」説は(説得力は別として)聴衆に面白がってもらえたようです。何人かの方からポジティブな感想を聞くことができました。この論は、いずれ出すことになるだろう単著に収録予定。

元指導教員のBen Reiss先生と二人でじっくり話す機会があり、学会発表の内容だけでなく、現在のアサイラム単著プロジェクトについてもアイディアを話し、いろんなアドバイスももらえてよかったです。彼の元指導学生たち5名で彼を囲むエモリー同窓会もやったりと、個人的に感慨深い学会出張となりました。今後もできれば継続的にC19に参加していきたいと思います。

2026年3月10日火曜日

C19プログラム

私が今週参加するC19のプログラムがようやく公開されました:https://www.c19underground.com/program

それにしてもすごい数の発表数、イベントです。数百はあるんじゃないかと思います。日本の学会とは文字通り桁違いで、これだけ研究者の数がいれば、そりゃ簡単に論文の査読に通らないわけだ、と思います。

プログラム上で専任教員、非常勤、大学院生の区別をしないのもアメリカ的です。そもそもアメリカの学会は基本的に自分でプロポーザルを送って発表を申し込むシステムなので、偉い先生だろうと院生だろうと区別してもしょうがないわけです。こういう民主的なところはとてもいいと思います。違う文化に触れると、日本の学会が立場を区別したがるのはなぜなのか、疑問が湧いてくるところです。誰が発表しようと、あくまで内容で評価されるべきでしょう。

また、このプログラムを眺めているだけでも、今の研究動向が掴めるはずです。やはりキャノン作家の研究は少ないですね。自分の発表だけでなく、できるだけ耳学問もして帰ってきたいと思います。



2026年3月7日土曜日

C19で学会発表をしてきます


2026年3月12日-14日にアメリカのシンシナティで開催されるC19: The Society of Nineteenth-Century Americanistで学会発表をしてきます:https://www.c19underground.com/



私は"Bartleby, the Immigrant: Melville's Asylum Imagination"というタイトルで、「バートルビーはアイリッシュ系移民である」という新説を唱える発表になります。発表要旨は以下の通り。

Abstract
     This paper argues that the eponymous character of Herman Melville’s “Bartleby, the Scrivener,” a mysterious scrivener whose origins are unknown, is best understood as an Irish immigrant and asylum seeker. I ground this novel interpretation, which has not been previously advanced in scholarship, in the specific societal and historical contexts in which the story is set.

     In the mid-nineteenth century, New York City, where Bartleby finds a job as a scrivener, attracted an unprecedented number of European immigrants, particularly from Ireland due to the Great Potato Famine (1845-52) and from Germany and France as a result of European Revolutions of 1848. The great influx of immigrants fueled a virulent nativism that culminated in the formation of the Know-Nothing party. In short, New York was a crucible for the era’s debates on immigration. Furthermore, the Tombs, a city prison which incarcerates Bartleby, housed many immigrant inmates, and the institution was located near the Irish slum called Five Points. Given this setting, the immigrant presence in New York forms an unavoidable, if unstated, context of the story. However, the narrator omits any mention of immigrants. This conspicuous silence is not an oversight but Melville’s narrative strategy that exposes the narrator’s blindness, thereby inviting the reader to fill in the void that the narrative leaves.

     This paper not only offers a new interpretation of “Bartleby” but also aims to highlight Melville’s sustained engagement with immigration, a topic that has not received the adequate critical attention it warrants. Beginning with Redburn through Moby-Dick and Pierre, Melville persistently portrays myriad issues concerning immigration ranging from nativism to the national ideal of “asylum for mankind.” The immigration issues which I argue are inherent in “Bartleby” must therefore be understood within a broader context of the author’s career-long interrogation of America’s promise as an “asylum for mankind."

今回の発表は現在取り組んでいる「アサイラム」をめぐる単著プロジェクトの一貫です。

C19はJ19という学術誌を出版しており、創設からまだ10年ほどですが、19世紀アメリカ文学を代表する学会/ジャーナルとなりました。私も以前、J19で特集号を企画したことがあります:https://muse.jhu.edu/article/843871/summary

そうしたメジャーな学会ゆえ、19世紀アメリカ文学研究の錚々たる顔ぶれが一堂に会す機会となります。せっかくなので、ネットワーキングも頑張ってきたいと思います。また、母校エモリー大学での指導教員だったBenjamin Reiss先生とも10年ぶりにお会いする予定もあり、それも楽しみです。

いい機会なのでReiss先生の紹介もすると、Reiss先生はあまり日本では知られていないと思いますが、障害学研究の大家でもあります(それ以外のお仕事も多々あり)。最近は睡眠をテーマに文化史的な研究もされています。彼のお仕事はこちらのHPから。凄まじく頭の切れる人で、まったくアプローチの違う私の研究にも常に鋭いコメントを返してくださり、研究者・教育者としても尊敬している、私にとってのロールモデルです。

また、学会が開催されるシンシナティといえば、逃亡奴隷、『アンクル・トムの小屋』で有名ですが、今回の大会のテーマはまさに"Underground"になっています。多くの発表を聞いて耳学問をしてきます。

学会の感想はまた後日。頑張ってきます。

国際メルヴィル学会参加記がLeviathanに掲載されました

メルヴィル学会の機関誌 Leviathan に、昨年6月にコネチカット大学で開催された国際メルヴィル学会の参加レポートが掲載されました: https://muse.jhu.edu/article/985918 。 Furui, Yoshiaki. "Melville S...