2025年4月3日木曜日

阿部幸大さんの新著に推薦文を寄せました

阿部幸大さんの新著『ナラティヴの被害学』(文学通信)が手元に届きました。画像のとおり、この本に私が推薦文(blurb)を寄せています。


面白いのが、帯を外しても推薦文が表紙にそのまま印刷されていることです。これはアメリカの学術書を意識したもので、向こうの研究書も通例、表紙にそのまま推薦文が印刷されています。こうしたデザインからも、アメリカ的な文化を日本の出版文化に接合しようとする阿部さんの意図が見えます。

200字という文字制限のため、この本の良さはとてもこの推薦文に書ききれませんでしたが、アメリカ文学研究に関わる人たちには本書をぜひ読んでもらいたいと思います。阿部さんは「もう文学研究はやらない」というようなことを(たしか)X上で言っていた記憶がありますが、そういう発言に惑わされてはいけません。本書はすぐれた文学研究のモデルとなっていますし、私からすれば阿部さんはかなり「文学している」人に思えます。

ここで私が言う「文学している」というのは、文学テスクトを精読する姿勢のみならず、文学を読解する際にある感情的強度をもって特定のテーマに固執している、ということを指します。研究の背景に、ごく私的で個人的な論者の姿が透けて見えるということです。

私は特に、本書の大きなテーマでもある「部外者」に着目しているのがいいなと思いました。阿部さんは、ある事象に当事者として直接的に関わることができず、当事者性から疎外された孤独な個人の存在に光を当てています。周縁化されて批評に等閑視されてきた人物に注ぐまなざしが、本書を単なる知的な議論以上のものにたらしめていると感じました。まあ、こんな感想を抱くのは私くらいかもしれません。

文学研究に携わる人には必読の一冊です。

2025年4月1日火曜日

新作論文が公開されました

ハーマン・メルヴィル『戦争詩集』に関する論文がネット上で公開されました:https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-american-studies/article/ventriloquizing-the-south-reading-melville-across-the-civil-war/E8CAB90FB003B664B125B92E01BED98A

タイトルは"Ventriloquizing the South: Reading Melville across the Civil War"というもので、Cambridge UP発行のJournal of American Studies誌に掲載されました。2019年に「バートルビー」論を掲載したことがあり、これで同誌に載るのは二度目となります。

内容としては、Cody Marrsが提唱しているtransbellum literatureという概念を参照しながら、メルヴィルという作家のキャリアを、南北戦争を超えて一つの総体として捉えることを目指した論文です。メルヴィルといえば、南北戦争前の小説家メルヴィル、南北戦争後の詩人メルヴィル、という二つのメルヴィル像が構築されてきたわけですが、本論では南北戦争を作家キャリアの断絶と捉えるのではなく、南北戦争を経た上での連続性を前景化しました。

「掲載」といっても、これはネット上での先行公開でしかなく、実際に本掲載されるのはまだ時間がかかるようです。論文がアクセプトされてからここまで十ヶ月もかかっています。投稿してからは実に2年半。この調子だと、生きているあいだに出せる査読論文はあと10本くらいかもしれません。

この論文、本来であれば昨年出版した『誘惑する他者:メルヴィル文学の倫理』に収めたかったのですが、まったく時期的に間に合いませんでした。残念。

反省点としては、あくまで人が作った参照枠(この場合はtransbellum literature)を援用して作品を論じているところです。これ自体まったく悪くはないのですが、同じことはこれまでもやってきたので、少しでも参照枠を作る側に回ることができるよう、これから努力したいです。ただ、この論文でも、自分なりにこれまでとは違うことはしているつもりで、複数の作品を扱いながら作家のキャリアを提示する、という射程の広い議論は、一つの作品に絞ったこれまでの作品論ではしてこなかった論じ方です。この論文はサバティカルでの自己改造中に書いたものですが、今も自己改造は道半ばです。作品論という呪縛に悩まされ続けています。

また、このジャーナルのこれまでの論文執筆者を調べると、大体がすでに英語圏でテニュアを得ている研究者で、単著をすでに何冊も出している人も多いです。執筆者に院生が比較的多いジャーナルというのも海外には存在しますが、ジャーナルのレベルが高くなると、寄稿者のレベルも上がります。先日の筑波でのシンポの内容と関わりますが、阿部さんが言うジャーナルの「ランク」を把握するには、寄稿者の属性を調べるというのも一つの有力な判断材料になるでしょう。

論文を読みたいけどアクセスできない、という方がいれば気兼ねなくご連絡ください。




阿部幸大さんの新著に推薦文を寄せました

阿部幸大さんの新著 『ナラティヴの被害学』(文学通信) が手元に届きました。画像のとおり、この本に私が推薦文(blurb)を寄せています。 面白いのが、帯を外しても推薦文が表紙にそのまま印刷されていることです。これはアメリカの学術書を意識したもので、向こうの研究書も通例、表紙にそ...